タイ文字について
今日の話題はタイ文字についてです。筆者は素粒子原子核宇宙物理実験系のポスドクなのですが、先月にタイに行ってきてからというもの、タイ文字を読めるようになるために修行をしているのであります。というわけでタイ文字について知ったことをまとめます。書いてある事が間違ってたらすいません。ちなみに基本的に情報源はWikipediaです。
子音字をおぼえよう
タイの言葉はタイ文字という表音文字の文字体系で書かれています。タイ文字には44個の子音字と、いくつかの母音を表す字と、その他もろもろがあります。(44個のうち現在では2字は廃止で42個とも言う)タイ文字を習う初歩の初歩として子音字を覚えましょう。
タイ文字の特徴は色んなところにループとか丸いのがあることです。あと細かいパーツが色々なところで使いまわされているので似た文字がいくつもあります。
さてこれら子音字には日本語でいうところの「あかさたな」のように順番がつけられているようです。最初の文字は「ก」で、なんか鶏の頭のような形をしています。アルファベットでいうと「k」と「g」の中間的な発音です。この文字は「鶏」をあらわす名詞の「ガイ」に使われているため「ゴー・ガイ(鶏のゴー)」と呼びます。日本語に例えるなら「あひるのあ、いんぽのい、うんこのう」的なものでしょうか。
こうして子音字を一つ一つ順に覚えていくのですが、この文字体系を見ているとツッコミどころが満載でなんでこんな仕様にしたのかと問い詰めたくなってきます。例えば「ฎ:ドー・チャダー」と「ฏ:トー・パタッ」という2つの文字があります。その違いは右下のところの付け根に折れがあるかどうかという微妙なものです。はっきりいって見分けがつきません。絶望します。
しかし日本語を引き合いに出して考えてみると「まぁ日本語のひらがなよりかは覚えることが少ないからいいよね」という気分になってきます。日本語には「わ」と「れ」とか「ぬ」と「め」とか識別のしづらい文字がありますが、そんな文字がひしめく「ねるねるねるね」とか「ぬめぬめのわれめ」とかいう文字列を我々はちゃんと読めているわけで、「まぁそういうものだからあとは慣れだよね」と考えるのがよいのではないかと思います。
タイ文字のフォントについて
あとタイ文字がややこしいのはフォントデザインが色々ある事です。こちらは筆者が持ち帰ってきたタイの「いろはす」のラベルですが、このフォントは丸いやつを省略してしかも敢えてアルファベットに似せてあり、一見してどこの言語かよくわかりません。
またこちらは飴の「Halls」です。どうみても「aaaa」です。
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あとこちらはお土産に買った乾燥ドリアンのパッケージです。こちらはファイヤーになっていてやはり何が書いてあるのかわかりません。余談ですが、タイの人々はこういう炎みたいなデザインが好きなようで、例えばタイ物理学会のロゴもファイヤー感がよく出ていて、ゲームのタイトルロゴみたいでかっこいいです。
またタイの大学の学章は仏塔とか法輪みたいなデザインが多いです。Google検索で「タイ 大学」で調べてみてください。日本の大学はだいたい「大學」という文字をメインに据えていますがそれとデザインの哲学が全く違います。各国の大学の学章のデザインについては色々比較が楽しそうだと思いますので、また別の記事で詳しくやろうとおもいます。
というわけで、タイ文字はフォントによって読み難いものが多々あるので、できるだけ色々な媒体の色々なフォントを見て慣れておくというのが重要だと思います。
近隣諸国の文字との比較
タイ文字と近隣諸国の文字について比較していきたいと思います。
ところでみなさんは「タイのあるあのへんの国々」について正確に位置関係を把握していらっしゃるでしょうか?ちなみに筆者の母に関しては「タイと台湾は別の国なのか?」という絶望的な解像度でした。ここでいまいちど、あのへんの国々の位置関係について確認しましょう。
タイがあるのはインドシナ半島という大きな半島です。この半島を西から東へ横切っていくと、ミャンマー、タイ、ラオス、カンボジア、ベトナムという国があります。これらの北には巨大な中国が位置しています。さらに西へ行くと、インドとバングラデシュがあります。
このうちミャンマー(ビルマ文字)、タイ(タイ文字)、ラオス(ラーオ文字)、カンボジア(クメール文字)は文字体系としては似ていて、これらはインドのブラーフミー文字から派生した「ブラーフミー系文字」と呼ばれるようです。
これらの文字の相関については仏教が深く関係しています。インドシナ半島の国々は古くから仏教が盛んです。仏教の経典はサンスクリット(日本語でいうと梵語)やプラークリット(サンスクリットに対して俗語的な言語。具体的にはパーリ語など)で記述されており、これらの国の文字体系はこうした経典の言語にも対応できるよう作られてきたとのことです。
http://www.asiafinest.com/forum/index.php?showtopic=267085
こちらのページにある図は、
- テーヴァナーガリー文字。サンスクリット、プラークリットで使われ、現代でもインド諸語のヒンディー語、マラーティー語、ネパール語などで使われている。
- タイ文字。
- ビルマ文字。現在もミャンマーで使われている。丸っこいのが特徴。昔は文字を葉っぱに書いており、字を書いたときに葉っぱが繊維に沿って裂けないように丸っこい字になったらしい。
- Khün文字。タイとミャンマーの国境あたりの民族が使う文字らしい。
- ラーンナー文字。かつてタイ王国北部を中心に栄えたラーンナー王国で使用された。現在は公的には使われていない。
- クメール文字。現在もカンボジアで使われている。
を対応する子音を軸にして並べたものです。それぞれの文字が相互に対応し、縦に並んだ文字同士が似ていることが分かります。
いっぽうベトナム語は例外的で、中国の影響を強く受け漢字を使っていたとのことです。現在はクォック・グー(國語)と言って、アルファベットを基にした文字体系でベトナム語を表記しているそうです。
系譜を図示しよう
ブラーフミー系文字の系譜を図にしていきましょう。ブラーフミー系文字というのは古今東西さまざまな文字体系があります。これらを一望できる見通しのよい1枚の図をつくりたいのです。
文字体系の親子関係を繋げていって系譜の図の全体を作っていきます。Wikipediaの文字体系に関するページを見ると、右端のテンプレートの部分に「親の文字体系」「子の文字体系」「姉妹関係にある文字体系」という項目があります。「Thai alphabet」の場合、親の文字体系が「Khmer」となっています。姉妹と子は書かれていません。さらに「Khmer alphabet」のページでは親が「Pallava」、子が「ThaiとLao」とあります。ここで姉妹関係が「MonとOld Kawi」とありますが、ひとまず親子関係のみに注目することにします。
このようにして親子関係をひろっていき、 DOTというグラフを記述する言語で書いていきます(写経)。さらにDOTをGraphVizというソフトで絵にします。ここではErdosといって、オンラインでGraphVizが動くサイトを使いました。
Erdos - Online Graphviz Viewer
こうして親子関係で繋がった全ての文字体系を図示したのがこちらです。
こうして一応は図ができたのですが、ミャンマーのビルマ文字が登場してません。ここから先の、究極的には「ザ・系譜図」を作るにはさらにWikipediaの本文をがんばって解読するか、別の資料を読んで整理していくことになるでしょう。
とここで、「The Fontpad」というサイトの「南ブラーフミー系文字の系統」と題するブログ記事を見つけました。この記事を見ると、素晴らしいことに筆者が作りたかった図がすでに出来上がっております。参考文献が色々挙げられていることから、作者の方はかなりよくこのへんのことを調べている人なのだなと思います。多いに参考にさせていただきます。
http://www.fontpad.co.uk/genealogy-of-southern-brahmic-scripts/
さて今後ですが、筆者はこのへんの言語の専門でもなんでもないのでこれ以上ディープな図を公開するのはやめておこうと思います。Wikipediaという誰もが見える資料からさらにディープな資料に手を出すと、筆者のまとめに対して第三者が正しさを検証できなくなってくるためです。すみません。正直なところ修行不足の筆者にとってはこの世界はまだディープすぎるのです。
ところで、言語の関連を図示した例としてこんなサイトを見つけました。こちらはヨーロッパの言語の語彙の類似度を表した図です。筆者としてはこういう統計的情報も含めた図をつくりたいのです。生物の進化の系譜をDNAの類似度でもって再構築したときに新たな知見が得られたように、新たなグラフからは何かしらの展望や発見があるのではないかと期待してやみません。こういう試みもまたいずれできたらやりたいです。
ヨーロッパのそれぞれの言語はどれぐらい似ているのか、の図 | 秋元@サイボウズラボ・プログラマー・ブログ
https://elms.wordpress.com/2008/03/04/lexical-distance-among-languages-of-europe/
プログラミング言語の場合
こうしてブラーフミー系文字の関連を調べていると、プログラミング言語の系譜はどうなんだろうという気分になってきます。プログラミング言語というのはバグを生まないようにするため日夜進化していますが、新しい言語というのは、過去のコード資産を生かすことや新たな学習コストをできるだけ小さくすることが大事ですので、たいていどの言語にも親と呼ぶべき言語があるのです。ブラーフミー系文字も仏典という過去の資産を土台にして派生していったというわけでなんか似たものを感じます。先ほどの図示の試みをプログラミング言語についてもやってみましょう。
ちなみに全然関係ない話なのですが、パーリ語の略称が「pl」でPerlの拡張子と同じです。いまから12年ほど前は今のようにブログという便利なものは存在せず、各人はhtmlを手打ちして日記をつけ(もしくはホームページビルダー)、Perlを使ってアクセスカウンターやBBSなるものを自作していたのです。なつかしいですね。
Perlを起点として影響を受けた/与えた言語を整理していきます。
影響を受けた言語 : AWK、BASIC-PLUS、C、C++、LISP、Pascal、sed, シェルスクリプト
影響を与えた言語:JavaScript、PHP、Python、Ruby、PowerShell
さらにCとC++とPHPまでを見たのが下図です。すでにかなりディープなことになっています。この要領で言語間の関係を追加していけば言語の系譜ができあがる・・・はずです。これについても、今日はこのあたりでやめておきます。
まとめ
タイ文字が読めるようになるように勉強しています。またインドシナ半島の各国の文字体系について調べています。
この地域の言語は仏典を基盤として密接に関わりあっています。我々日本人の目から見たらどれもうにょうにょした字で違いが分かりにくいのですが、筆者は是非そこを見分けられる能力をつけたいと思っています。
言語同士の関連を図示することは文字体系の大枠を理解するのに有益な作業かと思います。現在Wikipediaの情報を整理して図を作成しています。DOTのコードはこちらです。
https://gist.github.com/jikkenyametatta/32509b4643647be698b8
謝辞
インドシナ半島各国の物理屋のみなさん:ミャンマーのミインチョーソーさん、タイのナッタポンくん、ベトナムのシェムさん、筆者に物理の話題のみならず言語の話題についても色々おしえていただきありがとうございます。ところで筆者は最近論文を書いていないのでクビになりそうです。がんばって論文かきます。