実験やめたった シマエナガ編

劇団「実験やめたった」の活動報告

2015年を振り返る:メタルギアソリッド編

 

 先日のこと、筆者はふとしたきっかけでメタルギアソリッド(MGS)のプレイ動画を見た。  

 

 MGSが発売された当時、筆者は中学3年だった。その頃の筆者はバイオハザードのようなアクションゲームにはまっていて、サバイバルゲームと称してエアガン片手に野山を駆け回っていた。ある日筆者がテレビを見ていると、コナミが発売したゲームが大人気で売り上げランキングの1位を獲り続けているという。そのゲームはテロリストの基地の中へ単独潜入して敵と戦うというもので、ゲーム画面は空間が全部3Dで描かれており、カメラの視点がキャラクターの移動にともなって流れるように切り替わっていた。筆者はその映像の凄さに「これは本当にプレステのソフトなのか?」と、また「ウチにあるこのプレステでこんなゲームが動くのか?」と衝撃を受けた。それはまさに筆者が思い描いていた究極のアクションゲームそのものだったのである。  

 

 筆者はこのゲームを中学生の頃にかなりやりこんでおり、プレイ動画を「懐かしいな」と思って見ていた。ところが筆者がその全編を見終えて抱いた感想は、中学生当時の筆者が感じたそれと全く違うものだった。

 

 2015年を振り返ってみると、「中学生の頃に見た作品を今見たら印象が全く違っていた」という経験は多かったように思う。例えばジャッキーチェンの「酔拳2」は中学生の筆者が一番好きだった映画であるが、最近見たらスタントが危険すぎて楽しく見ていられなかった。また筆者は映画館で(一人で)「ジュラシックワールド」を観たが、哀しいことに「この企業のコンプライアンスは大丈夫なのか?」というエンターテイメントと関係ないところが最も印象に残った。また最近ふとしたきっかけでGLAYの音楽を聴いたら「GLAYはこんなにも人生というテーマについて歌っていたのか」と驚いた。作品の受け止め方というのは受け手の経験によって全く変わるという事を改めて感じた。なおGLAYが「pure soul」を発表した1998年、これらの楽曲を作詞作曲したTAKUROさんは当時若干27かそこらだった。いっぽう筆者が27の頃というと、一ヶ月の収入が8万円で(うち5万が学費として消える)、筆者は実験室でう●こを漏らしながらち●この歌を書いていた。申し訳ない限りである。

 

 以下MGSにフォーカスして印象に残った箇所を挙げていく。なおこの記事の内容の大半は、自分自身への反省である。

 

ゲームとしての完成度の高さ

 MGSはプレステのハードウェアの性能をほぼ最高レベルで引き出している。環境の作りこみがすばらしい。

 

 シナリオも今見ると「こんな重い話だったのか」と驚く。主人公のスネークは伝説的な兵士で、世界を核戦争から救うためにはこの男しかいないと戦場へ単独で投入される。ゲーム中のやりとりをみると半ば強制的に連れてこられた感じである。そんな理不尽で極限的な環境におかれながらもスネークは任務を遂行する。極限状態の中で深い愛憎劇が織り成される。無線という一見疎な通信手段を介しながらも、登場人物の人生、歴史、未来が濃密に交錯する。まさに映画のようである。

 

 もし筆者がこのような状況に置かれたらどうするだろうか想像してみる。いや、もしかすると程度は桁違いにしょぼいながらも、人は誰でも同質の状況に置かれているのかもしれない。筆者は研究費の申請書に「この実験は筆者の持つ技術と経験なくして成立しない」とか「この実験は物理学の進歩に不可欠である」と書いた。額面どおり読めば、筆者がこの実験をやめれば実験は失敗に終わり物理学の進歩は途絶える。しかし最近「この実験はどうやっても成功しないだろう」と絶望するばかりで、「もう筆者が出来ないと言っているので不可能ってことでいいだろう」とさえ思うようになっている。ゲームオーバーである。  

 

 なぜスネークはこんな重圧を背負って孤独に任務を遂行するのか。その理由とは、次の世代に未来を託す為だという。この作品を通じて示されているテーマは、遺伝子や生命の意義、さらに、生きる意義とは何かであった。中学生当時の筆者はこのテーマの重要性について理解できなかったが、今ならそれが少し分かる気がする。そういえば中ボスを倒すと「褒美にこれをやる」とアイテムを手渡され、以前は「なんで自分を倒したやつにそういうものをあげるのか?」と不思議に思っていたが、これは死ぬ前に何かを残したいというヒトの本能がそうさせているのであろう。我々も次の世代を育てていかなければならない段階になってきている。ちょうど今月の頭に筆者の友人の井上君に娘が生まれた。筆者は次の世代のために命を懸けて仕事をしているだろうか?いや、筆者は本業のほうに力を入れずAVの研究しかしていない。申し訳ない限りである。

 

オタコンの凄さ

 オタコンが凄い。まず彼の経歴であるが、MITに独学で入学し若くして博士号を取得した。そして次に、メタルギアの開発責任者として実際にメタルギアを完成させた。  

 

 プロジェクトの責任者たるもの、どれだけの予算を使い、どの開発チームにどんな仕事を振れば、いつまでにモノが出来るかを見極める能力が必要である。さらにプロジェクトの責任者たるもの、開発の経緯をつねに把握し、物事が予定通り行かないとなったら方針を適切に転換するなどしてプロジェクトを完遂まで導かねばならない。メタルギアは二足歩行をする巨大ロボットで、さらに光学迷彩やVR技術と多岐にわたる技術が詰め込まれている。そもそも人を乗せて動く乗り物というのは、(それはMRJの開発を見ていただくと実感してもらえるように)開発が難しい。それをやり遂げたというのは実績としてすさまじい。  

 

 ここで読者の皆さんは「そんなのはフィクションの中での設定だから」と思うかもしれない。しかしそういうフィクションみたいなとんでもない輩が実際に、ほんとうに現実に居るのである。自分が「こんなのは無理だろう」と思っていることを、さらには出来るか出来ないかすら想像したこともないような事を、実際に実現させてしまう人間がいるのである。だから最近の筆者はフィクションに登場する天才に対して、「こういう人間は実際に居る」という妙なリアリティを感じるようになっているのである。

 

空想科学読本

 筆者が中学生のころ、空想科学読本という本が流行った。この本は、ウルトラマンなどのSF作品の設定を真面目に計算すると実際にはとんでもないことになる、という本である。中学生当時の筆者はこの本を何度も読み、特に「ウルトラセブンがマッハ7で飛ぶと、衝撃波で裂ける」という挿絵に呼吸困難になるほど笑った覚えがある。なおこの本の著者の柳田氏に、筆者は4年くらいまえに実際にお会いしており(サイン会があったので)、その際に「夢に向かって進め」と激励のサインをいただいた。  

 

 架空の作品の設定を何故真面目に考証するのか。これは専門家の素人に対する揶揄だとか知識の誇示だとかと捉えられるかもしれないが、実際に数値をあてはめて試算してみるというのは理系にとっていわば生理反応なのである。その計算結果がとんでもないことになったらそれはそれで面白いし、別の手段を使ってなんとかならないかと考える。そのモチベーションの根底にあるのは作品に対する愛着である。

 

 筆者は最近になってSFの楽しみ方が変わってきたように思う。過去の想像力の天才が思いついた突拍子もないアイデアが、現在の技術でやっと実現味を帯びてきている例。現代の天才が、当時の人々が想像した形とは全く違う所で新しい発明を作ってしまったという例。SFにはそのどちらともがあるのでおもしろい。

 

 ところで、最近空想科学読本を今いちど読み返してみると、なんだか内容に物足りなさを感じてしまった。「作品の設定を実際に計算してみた結果はこれです」という文章が載ってはいるが、その計算のために使った基本的な方程式は何なのか、グラフは無いのかと論文を添削している気分になってしまう。やはり人は歳をとるにつれ物を見る観点が変わってしまうのである。

 

科学者の判断

 オタコンが本当に凄いのはさらにこの先である。彼はメタルギアが核攻撃に使われると知った途端、即それを破壊すると決断した。メタルギアの開発には(B2ステルス爆撃機が1ユニット20億ドル以上なので)日本円にしたら数千億円もの巨費が投じられたことであろう。これはいわば巨額な資産で、ジュラシックワールドの社長しかりで、生かせる所は生かしてなんとか穏便に収めたいと思うのが当然である。しかしオタコンは(メタルギアへの愛着もあったはずだが)戦争を抑止するという本来の目的のためにメタルギアの開発から破壊工作に転じるのである。科学者の真の能力とは、自分の仕事が世界にどう影響を与えるかを正しく想像する力なのである。

 

 さて科学者の英断といえば、宇宙線研の梶田所長の師、戸塚さんの対応も凄い。2001年11月、ニュートリノ観測装置、スーパーカミオカンデの光センサーが、突然轟音をたてて次々と破損した。この事故によって数分のうちに何億円という機器が損失し、また復旧のためには年単位で装置を停止せざるをえない状況になったのである。ここで普通なら何が起こったんだとうろたえ、もうおしまいだと絶望する。しかし戸塚さんはすぐさまスーパーカミオカンデを再起させると外部に向かって宣言した。これは彼の実験に対する信念、この実験装置が物理学の進歩になくてはならないという信念がなければできない業である。  

 

 話は変わるが、先日筆者が実験装置を動かしていたら30万円の部品が突然異音を立てて故障した。別に筆者は変な操作は一切していないのにも関わらずである。ところがその瞬間に筆者は「もう辞めよう」という発想に行き着いてしまった。筆者は自分の器のあまりの小ささに絶望するしかなかった。歴史に残る偉大な技術者や科学者はどんな心境で自分の仕事をしていたのだろうか。筆者は口では「長年の修行を積んでここまで来た」と言っているが、本物の実験屋として辿り着くべき境地にはまだ全然及んでいない。

 

メタルギアソリッド2

 筆者はこの続きでメタルギアソリッド2の動画も見た。メタルギアソリッド2ではスネーク、オタコンとともに、オタコンの義理の妹、エマ・エメリッヒも登場する。彼女は超多変量情報分析、まさしく現在で言う機械学習の専門家ということである。彼女はメタルギアの母艦に搭載されている人工知能の開発者であり、その暴走をとめることができる唯一の人間である。彼女は人工知能をコンピュータウィルスに感染させ、その動きを止めるという。

 

 

次回「人工知能はコンピュータウィルスで暴走するのか?」